おうちミュージアムのすすめ〈釧路芸術館〉




落ち着かない日々が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

経済や文化にも大きな影響を与えているコロナウイルス…終息へ向けて、ひとりひとりが気を配って生活していることと思います。


外出自粛が続く中、ネット上では「おうちミュージアム」という取り組みが話題になっています。「美術にはあまり興味が…」という方、今こそぜひ「おうちミュージアム」から鑑賞をはじめてみてはいかがでしょうか?わたしも各地の美術館や博物館の公開作品をみて楽しんでいます!



さて全国、全世界の美術館で展示の一部公開が行われていますが、わたしの暮らす釧路の道立美術館、釧路芸術館さんでも会期縮小に伴って一部公開が行われています!



普段はギャラリーツアー(学芸員さんから作品解説を聞くことができるイベント)がないと作品の背景を詳しく知る機会が少ないのですが、芸術館さんの公式のFacebookページで展覧会の動画や学芸員さんの言葉が丁寧に綴られています。



せっかくの機会ですので、このブログでも一部をご紹介してまいります。

まずは本展「ワカリタイゲンダイビジュツ」から!




▼Facebookページより許可を得て抜粋しています。


【ワカリタイゲンダイビジュツ1】

「聞き役も必要だろう?」。
N.Y.で慎ましく暮らしながら現代美術を地道に買い集め、やがて名コレクションを築いた夫妻をめぐる映画『ハーブ&ドロシー』。そのなかで物静かな老年のハーブがこんな言葉を口にするシーンがあります。この言葉は、いつも誠実なオーディエンスであり続けた二人の姿を象徴するように感じられ、折にふれて筆者の心に鈴のような澄んだ音色を響かせてくれます。・・・そう! 世界には「あらわす、つくる」役はもちろんのこと、「きく、みる」役も必要なのです。
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「ワカリタイ ゲンダイビジュツ」は、作家がつくり、あらわしてくれた美術を「みる」営みへの思いが込められた展覧会です。ちょうどハーブとドロシーがコレクションを重ねたのとほぼ同時代、日本で展開した現代美術を取りあげています。
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現実の再現ではなく、自律した価値を目指すようになってからというもの、多くの美術は、一目見ても、いったい何なのか容易には「わからない、難しそう」な様相を呈すようになりました。でも、「わからない」ことの中に、じつは重要なヒントが隠されています。何がわからないのかを解きほぐすことで、自分の「わかりたい」ことに近づく糸口が沢山、みつかるのです。
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糸を解きほぐす一つのよすがとして、この展覧会では各年代の社会や美術界の動きを述べたセクションテキストと、作家の歩みや作品の制作背景にふれた解説をもうけました。でも、それは必ずしも皆さんにとっての答えではないはずです。「わかりたい」ことは、外部からの情報によって得られるだけでなく、きっと作品を「みる」ことを通じてそのひと自身の中に生まれてくるものだと思うからです。
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「難しそう」から「わかりたい」へ。この展覧会が、私たちと現代美術とが少しでも近づくきっかけとなることを、そうして皆さんが美術を「みる」一員に加わってくださることを願ってやみません。




※以下の動画はスマートフォンから見る際に画面が大きくはみ出していても、再生マークをクリックするとちょうど良いサイズで再生されます。




釧路出身・釧路在住の作家さんの作品も数多く展示されています!





私は幼い頃から絵を見ることが大好きでした。デザインを志す学生になってからは気になる展示があると、アルバイト代を貯めては全国あちこちの美術館に通うようになりました。


前述の言葉の通り、作品を前にして「よくわからないな…」と思うこともしばしば。しかし、ある日突然に印象的な展覧会や作品を思い出し「ああ、あれはこういうことだったのかな…!」と腑に落ちることがあります。この瞬間、知らぬうちに自分と作品との間に関係が生まれていて「問い」だけでなく「道標」を与えてくれることに気が付きました。

わからないものを前にしたときに「これを見に来てる人はみんなわかっているのかしら…」とソワソワして落ち着かないという声を時々耳にします。そうして苦手意識が芽生えて「私は美術のことはあまりわからないから…」と足が遠のいてしまうのはとても勿体ないです…!私たちはスピード感のある暮らしに慣れてしまい、すぐに "結果" を求めがちです。展覧会をみて何かを得ようとすると見る目的が変わってしまいます。


美術の見方に正解はありません。見る側には設定された目標や結果もありません。知識がある人だけの特権でもありません。ただおおらかに「好き・嫌い・面白い」などと感じることが「みる」ことの第一歩のように思うのです。美術館はときに優しく、ときに劇的に私たちを迎えてくれますよ。私はこの未知へのワクワクがとても好きなのです。



「ワカリタイゲンダイビジュツ」は釧路芸術館の所蔵作品を知れるだけでなく、「わからない」思いに寄り添ってくれる素敵な展覧会です。



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続いては、同時開催の「高坂和子の世界〜野の花たちのささやきに〜」

根室の野原の光と影を鮮やかに、緻密に描いた作家さんです。



▼Facebookページより許可を得て抜粋しています。


「高坂和子の世界」へ(1)
 高坂和子は、1924年、北海道室蘭に生まれ、結婚のため21歳で北海道根室に移りました。油絵を描き始めたのは39歳。三人の娘が大きくなって、自身に余裕ができてからでした。
 その彼女が根室の野を初めて「見た」のは、19684月のことです。この年1月に室蘭の父が世を去り、大きな悲しみのために好きな絵も手につかなくなった彼女を知人が心配して、自動車で草原へ連れて行ってくれた時でした。
 もちろん、それ以前も根室の野原を目にしており、描いたこともありました。ここで言う「見た」とは、彼女の心身を深いところから決定的に揺り動かした、という意味なのです。それから彼女は再び絵筆を執りました。つまりこの時の野との出会いは、「ホモ・ピクトル」(描くヒト。神経内科医・岩田誠の造語)としての高坂和子にとって、死から再生へという体験であったと言ってよいでしょう。
 筆者は1999年に画家本人からこの話をうかがったのですが、その2年後年に25号の絵《秋草咲乱れる野にて》(1970年)を見たとき、この絵こそ、高坂和子が2年前に春の野で「見た」経験を、生々しく表現した絵ではないかと感じました。《秋草咲乱れる野にて》は釧路芸術館では展示していませんが、ここで写真を紹介させていただきます。
写真:高坂和子《秋草咲乱れる野にて》1970






釧路管内の方にとっては馴染み深い景色の数々。

風に吹かれてサラサラとなびく草の音や

じわっと肌に焼ける陽ざしを思い出すような…

感覚を呼び起こす作品です。


描かれているのは高坂さんが見た景色ですが、

自分の記憶の中の風景をみているようです。


細かな斜線で描写された作品もあり、

筆跡の情報量がとても多いはずなのですが、

不思議と静かで心地よい作品になっています。


会場内はぐるりと一周できる配置になっているので、

繰り返し散策してみてはいかがでしょうか。

見るたび新しい発見があるかもしれません。



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私のコメントはあくまでも私感ですので

ぜひ、投稿の全容は下記のリンクからご覧ください!



釧路芸術館ボランティアの会SOA Facebookページ



さて、釧路芸術館さんは明日4月1日(水)より開館になるようです!実物をご覧にぜひ足を運んでみてくださいね。きっと、ネットで見る何倍も作品から伝わる気配や感覚が違うはずですよ。


なにごとも百聞は一見にしかず…!「おうちミュージアム」の取り組みを機に、美術を「ワカリタイ」気持ちが芽生えて、育っていくといいなと願っています。